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東京地方裁判所 昭和33年(レ)258号 判決

控訴人 新見治三郎

被控訴人 彦田元吉

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、控訴人主張一の事実は当事者間に争がない。

二、同二の1の事実は、すなわち建物朽廃による借地権消滅の点については、そもそも借地法二条一項但書(同法の他の条文において準用される場合を含む)にいう「建物カ………朽廃シタルトキ」とは、借地上に建築せられた建物につきその全部またはその重要部分が朽廃し、結局社会通念からみてその建物を使用することが最早不可能ないしは著しく困難な状態に立ち到つた場合のことをいうのであつて、単に借地上の建物の付属部分が朽廃したにとどまるような場合のことをいうのではないところ、控訴人の主張によれば、控訴人が朽廃したと主張するのは本件宅地上にある建坪一九坪七合五勺の建物に付属していた建坪七坪五合の物置の部分にすぎないのであるから、右に述べたところより明らかなように、このような場合は借地法にいう「建物カ……朽廃シタルトキ」にはあたらない。したがつて、控訴人の本主張はその主張自体からしてすでに理由がない。のみならず、当審での証人新見かのの証言及び被控訴人本人尋問の結果によれば、昭和二七年頃被控訴人が本件宅地上に所有していた建物につき朽廃していたため建てかえられたのは、当時平家建であつた居宅(六畳一間、三畳二間及び勝手)に付属していた物置の部分にすぎず、しかもその物置と称されるものは横が二間半か三間位、縦が六尺から九尺位の広さのさしかけをいうのであることが認められ、他に右認定を左右する証拠もないから、上記判示したところより明らかなように、右認定事実のうえからいつてもこのような場合は借地法にいう建物朽廃の場合にあたらないのである。

三、次に、無断転貸を理由とする契約解除の点についてみるに控訴人主張の事実関係は当事者間に争がない。「控訴人は、借地人がその借地上の所有建物を第三者に賃貸することは同時に借地の転賃貸となると主張する。」ところで、通常建物は土地に定着するからそれが不動産であることは明らかであるが、わが国従来からの慣行として、それは土地と一体をなす不動産ではなくて、敷地たる土地とは別個独立の不動産として扱われているのであつて、従つてその権利関係もまたいちおう敷地たる土地の権利関係とは別個独立のものと考えられている。なるほど一般に建物は土地の上に存在するのであるから、建物の所有利用は必然直接間接に敷地たる土地の利用を伴うものというべきであろう。

しかしそれは決してある建物につき所有権又は賃借権を取得するには必ずその敷地の所有権又は利用権を得なければならないことを意味するものではなく、また建物についての所有権又は賃借権の取得が同時に当該敷地の所有権又は利用権の取得を含むことを意味するものでもない。ただ他人の土地の上に建物を所有するについては当該敷地につき所有権又は地上権賃借権等の利用権を取得するのでなければ、その土地を建物所有のために使用することが法律上不可能となり、結局建物をその状態において所有するということができなくなるから、借地上にある建物を譲受ける者に通常その土地の利用権をも取得するものと考えられ、従つて当事者間には建物譲渡にあわせて土地の利用権の譲渡もしくは転貸があるものと解せられるのである。そしてこのことから、借地人が賃借地上に所有する建物を第三者に譲渡した場合、土地の賃貸人が右建物譲渡にともなう土地賃借権の譲渡もしくは転貸を承諾しないときは右賃借権の譲渡又は転貸は賃貸人に対抗し得ず、賃貸人に対抗し得ず、賃貸人は民法第六一二条によりこれを理由として賃貸借を解除し得べく、その反面、建物譲受人は借地法第一〇条によりその建物の買取を請求し得るという問題を生ずるのである。これに反し他人の土地の上にある建物を賃借して利用する場合は、建物の敷地たる土地の利用をともなうことは前述のとおりであるけれども、この場合の土地の利用は、とくだんの事情のない限りあくまで地上に存立する建物の利用による間接のものであつて、それ自体建物所有のための土地の利用に包含されると解すべきである。けだし他人の土地を建物所有のために利用するということは、一般にその土地に自己所有の建物を置くことによつて土地を使用するということであつて、この者はその建物を自ら所有する限り、地上建物を自ら使用すると、他人をして使用させると、はたまた空家のままとしておくとによつて、建物所有による土地使用の態様それ自体にはなんの相違もないからである。従つて他人の土地を建物所有のために使用する権原を有する者は、この権原にもとずきその地上に所有する建物を自由に他人に利用せしめることができるのであり、この建物利用にともなう敷地の利用は本来建物所有のためにする土地使用の権原に内包せられるものというべきである。この故に建物所有の目的で他人の土地を賃借する者がその所有建物を第三者に賃貸し、第三者が建物利用にともない敷地たる土地を利用する場合は民法第六一二条にいう意味で土地の転貸ということはできない」(このことは他人の土地に建物を所有する者が、もし土地利用の権原を有しない場合には、この建物を賃借する者がそれによる土地使用によつて土地所有権を妨害する結果になることを否定せしめるものではない)。控訴人の主張は独自の見解であつて採用できない。したがつて、本件土地の賃借人である被控訴人が右借地にその所有する建物を賃貸するに当り地主たる控訴人の承諾を得なかつたからといつて、被控訴人にその借地の無断転貸の事実ありということを得ず、したがつて亦これを理由とする本件契約解除の意思表示もその効力がないものである。控訴人の本主張は理由がない。

四、最後に、期間満了と契約更新の点につき考える。本件契約が昭和三二年一二月末日の経過とともに一応期間が満了したことは当事者間に争がない。そこで、被控訴人よりの契約更新申し入れの有無をみるに、公文書であるから真正に成立したものと認める乙第三号証の一ないし四並びに当審での証人彦田せきの証言及び被控訴人本人尋問の結果によると、被控訴人はその妻或いは訴外菅沼仁太郎を通じて控訴人に対し、昭和三一年一月頃何時ものとおり地代を提供したが受領を拒絶せられてこれを供託するに至つてから何度か従来どおり引き続き賃貸するよう請求したが、同年七月控訴人より本件訴を提起されてからは直接控訴人に対し右請求の意思を表示していないことが認められる。右認定に反する原審証人新見清及び当審証人新見かのの各証言はこれをたやすく措信し難く、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。しかして右の事実によれば、被控訴人は控訴人に対し、昭和三一年一月以後何度か賃貸借の継続を求め、同年七月頃から後は直接には右請求を行つていないものの本件記録によつて明らかなように被控訴人は本件訴訟において終始土地の明渡を拒み契約の継続を望み続けているのであるから右は正しく契約更新の請求をしているのと同一に評価すべきものであり、結局前記日時における本件契約の期間満了に際し被控訴人は控訴人に対し契約更新の請求をしたものと認めるのが相当である。

ところで、これに対し控訴人より直ちに異議のあつたことは当事者間に争いがないので、その正当事由の有無につき按ずるに原審証人新見清並びに当審での証人新見かの彦田せきの各証言及び被控訴人本人尋問の結果に本件弁論の全趣旨を綜合してみると控訴人は被控訴人がいずれも事前に控訴人にことわらずに昭和二七年頃上記のさしかけ部分を除いてその跡に二階建居宅一棟を建築し、更に昭和二九年頃本件宅地上に平家建店舗一棟を建築したのを、あたかも不信行為であるかの如く感違いして憤つたうえあらためて契約をやり直して権利金として一六、〇〇〇円を提供すべきことを要求したが被控訴人にこれを断わられるに及んで更新拒絶の意思を固めて昭和三一年冒頭からは地代をも受け取らなかつたこと、昭和三十一年七月に行われた上記建物の賃貸借を本件土地の無断転貸と誤解することによつて右更新拒絶の意思を益々固めたこと、なお控訴人は農業のかたわらせんべいの加工販売業を営んでいたところ、現在の自宅では多少手狭であり且つ同人の娘が結婚したあかつきには本件宅地上に建物を建てて同所で娘夫婦にせんべい業を営ませたいという気持をもつていること、控訴人は他にも土地を所有しているが、他に賃貸中であつたりしてすぐには使用できないこと及び控訴人、被控訴人間の感情は相当激化していてこれも右更新拒絶の一理由となつている事実などが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。そこで、これらの事実に上述来認定の事実を併せて考えてみると、控訴人、被控訴人間の本件土地の賃貸借関係は、各その先代のときより約四〇年以上もたいしてイザコザもなく続けられてきたのであつて、それが本件のようなことになつたのは控訴人が被控訴人の行為(建物のとりこわし、増築やその賃貸)を不信行為のように誤解してこれをなじり、更に権利金を要求したようなところから両者間の感情が著しく激化したのがその主たる原因とみられるのであつて、控訴人自身またはその娘がせんべい業を必要とするということは、右の経過に照らし(殊に控訴人は被控訴人がもし一六、〇〇〇円の権利金を払うならば契約を更新してよいと思つていた位なのである。)また、現在直ちには併用困難としても他に賃貸中の所有地があるという点からみても、これが更新拒絶の主たる原因とみることは困難なのである。そして、上記の点については、建物所有のため土地を賃借する者がさらに賃借地に用法に従つた建物を築造することは特約なき限りその自由であり、それにつき一々賃貸人の承諾を要するものでないから、被控訴人が控訴人に無断でその二階家又は店舗を敷地内に建てたからといつてこれを不信行為とすることは相当でない。(当初の建物滅失により建物を築造する場合は多少趣きを異にするが、本件はその場合ではない。)。地上建物の賃貸もまた借地権者の自由であること前記のとおりであるから、これらの行為に対して控訴人が怒るのは筋違いというものである。従つて他に正当事由があることの立証のない本件においては、控訴人が被控訴人の更新請求に対して述べた異議は正当な事由に基くものとは認め難いので、右異議は契約の更新を阻止するに足る効力を有するものと認めることができないのである。

五、そこで、控訴人、被控訴人間においては昭和三二年一二月末日の経過とともにそれまでの契約と同一の条件(すなわち期間は昭和三三年一月一日より二〇ヶ年、地代は従来と同じ額など)をもつて更に本件宅地について賃借権が設定されたものとみなされるから、被控訴人は控訴人に対して建物を収去して本件宅地を明け渡す義務を負わず、控訴人の本訴請求は失当としてこれを排斥すべきところ、原判決はその理由こそ異れ結局その結論において右と軌を一にしているので本件控訴は理由なきものとして棄却を免れず、訴訟費用の負担につき民訴九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武)

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